前橋地方裁判所 昭和49年(ヨ)77号 判決 1975年2月04日
群馬県前橋市大手町二丁目一一番一号
申請人 前橋市
右代表者市長 石井繁丸
右訴訟代理人弁護士 木村賢三
同 中山新三郎
同市国領町一丁目一〇番一号
被申請人 遠藤隆志
<ほか一一名>
右被申請人ら訴訟代理人弁護士 菅野義章
右当事者間の昭和四九年(ヨ)第七七号建物明渡等仮処分申請事件について当裁判所は次のとおり判決する。
主文
申請人に対し
一 被申請人遠藤隆志は別紙第一目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 八・一平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 六・六一平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
二 被申請人宮崎かんは別紙第二目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造セメント瓦葺平家建居室 一四・五八平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
三 被申請人塚田勝巳は別紙第三目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 五・八五平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
四 被申請人田島英は別紙第四目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 五・三四平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 六・六一平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
五 被申請人桃井幸吉は別紙第五目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 一四・八七平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 二・四三平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
六 被申請人宮崎寿江は別紙第六目録の一記載の建物を、同目録の二記載の物件を収去して、
七 被申請人臼田伝は別紙第七目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 一五・〇七平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 六・六一平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
八 被申請人山岸正吾は別紙第八目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 六・六一平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 九・九一平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
九 被申請人増田昌世は別紙第九目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造瓦葺平家建居室 九・五三平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 六・六一平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
一〇 被申請人小林シズは別紙第十目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 六・六一平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 四・九五平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
一一 被申請人宇田又雄は別紙第十一目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 四・九五平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
一二 被申請人鈴木佳郎は別紙第十二目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の
木造セメント瓦葺平家建居室 六・六一平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 二・四五平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
それぞれ仮に明渡せ。
訴訟費用は被申請人らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(申請の趣旨)
申請人に対し
一 被申請人遠藤隆志は別紙第一目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 八・一平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 六・六一平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
二 被申請人宮崎かんは別紙第二目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造セメント瓦葺平家建居室 一四・五八平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
三 被申請人塚田勝巳は別紙第三目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 五・八五平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
四 被申請人田島英は別紙第四目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 五・三四平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 六・六一平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
五 被申請人桃井幸吉は別紙第五目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 一四・八七平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 二・四三平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
六 被申請人宮崎寿江は別紙第六目録の一記載の建物を、同目録の二記載の物件を収去して、
七 被申請人臼田伝は別紙第七目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 一五・〇七平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 六・六一平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
八 被申請人山岸正吾は別紙第八目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 六・六一平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 九・九一平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
九 被申請人増田昌世は別紙第九目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造瓦葺平家建居室 九・五三平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 六・六一平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
一〇 被申請人小林シズは別紙第十目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居室 六・六一平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 四・九五平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
一一 被申請人宇田又雄は別紙第十一目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 四・九五平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
一二 被申請人鈴木佳郎は別紙第十二目録の一記載の建物を同目録図面斜線表示の、
木造セメント瓦葺平家建居室 六・六一平方メートル
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建物置 二・四五平方メートル
の増築部分および同目録の二記載の物件を収去して、
それぞれ仮に明渡せ。
被申請人らがこの判決送達の日から一〇日以内に右各増築部分の収去をしないときは、申請人は前橋地方裁判所執行官をしてこれを収去させることができる。
(被申請人らの申請の趣旨に対する答弁)
本件各申請をいずれも却下する。
第二当事者の主張
一 申請人
(申請の理由)
(一) 被申請人ら入居の事実
イ 別紙第一乃至十二目録各一記載の建物は申請人が建設した国領第一団地市営住宅の一部である公営住宅である。
ロ 申請人は
1 第一目録一の建物は昭和二八年一〇月二五日以来、被申請人遠藤隆志に、
2 第二目録一の建物は昭和二六年一月一二日以来、被申請人宮崎かんに、
3 第三目録一の建物は昭和二六年一月一一日以来、被申請人塚田勝巳に、
4 第四目録一の建物は昭和三〇年一〇月二〇日以来、被申請人田島英に、
5 第五目録の一建物は、昭和二五年一二月二四日以来、被申請人桃井幸吉に、
6 第六目録一の建物は昭和二六年七月二二日以来、被申請人宮崎寿江に、
7 第七目録一の建物は、昭和二六年五月一日以来、被申請人臼田伝に、
8 第八目録一の建物は、昭和二六年一月六日以来、被申請人山岸正吾に、
9 第九目録一の建物は、昭和二五年一二月二七日以来、被申請人増田昌世に、
10 第十目録一の建物は、昭和二五年一二月二九日以来、被申請人小林シズに、
11 第十一目録一の建物は、昭和三九年一二月一六日以来、被申請人宇田又雄に、
12 第十二目録一の建物は昭和二五年一二月二三日以来、被申請人鈴木佳郎に、
夫々入居許可して賃貸している。
ハ 入居後の被申請人らの増築について
前橋市営住宅管理条例二〇条二項に於て、入居者は市営住宅を模様替えし、又は増築してはならない定めになっているのに拘らず、被申請人らは入居後次の様な増築を行った。またその敷地内にはそれぞれ次のような物件を付置している。
1 被申請人遠藤隆志は別紙第一目録一の添附図面斜線部分(申請趣旨に於て収去を求めている部分以下同じ)の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
2 被申請人宮崎かんは別紙第二目録一の添附図面斜線部分の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
3 被申請人塚田勝巳は別紙第三目録一の添付図面斜線部分の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
4 被申請人田島英は別紙第四目録一の添附図面斜線部分の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
5 被申請人桃井幸吉は別紙第五目録一の添附図面斜線部分の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
6 被申請人宮崎寿江は増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
7 被申請人臼田伝は別紙第七目録一の添附図面斜線部分の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
8 被申請人山岸正吾は別紙第八目録一の添附図面斜線部分の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
9 被申請人増田昌世は別紙第九目録一添附の図面斜線部分の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
10 被申請人小林シズは別紙第十目録添附の図面斜線部分の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
11 被申請人宇田又雄は別紙第十一目録一添附の図面斜線部分の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
12 被申請人鈴木佳郎は別紙第十二目録一添附図面斜線部分の増築をなし、その住宅の敷地に同目録の二記載の物件を付置し、
夫々使用している。
(二) 公営住宅建替事業の必要性について
イ 申請人は従来国の住宅政策に則り、市民生活の安定と社会福祉の増進を図るため特に住宅に困窮している低額所得者を対象として、低廉な家賃で賃貸し得る公営住宅の建設に努力して来たものであるが、近年地価の高騰著しく、公営住宅建設に必要な五、〇〇〇平方メートル以上の土地を適当な価額で買収することは極めて困難な状況になって来た。
ロ 而して一方前橋市内には住宅困窮者が尚一、〇〇〇世帯を超えると推定されており、前橋市総合整備計画、並びに昭和四六年度を初年度とする国の第二次住宅五ヶ年計画に副って、昭和四六年度以降五ヶ年間に一、一九四戸の公営住宅を建設しなければならないのである。
ハ 従って、この公営住宅建設目標を是非とも達成するためには新規の土地獲得だけに依存するわけにも行かないので、いきおい既存の住宅団地を高度に利用して平家建の古い木造住宅をできるだけ近代的な中高層住宅に建て替え、戸数の増加と職住近接の方法を併せ実行せねばならない必要に迫まられて来たのである。
ニ 被申請人らの居住する国領第一団地は五、六二四平方メートルの面積を有し、昭和二五年度に三〇戸の木造平家建で建築されたが外壁がモルタル塗りのため老朽化が著しく進んでおり、申請人は前記の住環境を整備して都市不燃化を推進する必要があるので、昭和四四年に前橋市総合整備計画を策定し、同四七年度、同四八年度の二ヵ年計画で、ここに鉄筋コンクリート五階建一棟四八戸と鉄筋コンクリート五階建一棟九八戸計一四六戸を建設することになった。
(三) 申請人は本件住宅につき昭和四七年三月九日、公営住宅法第二三条の五の規定に基き建設大臣に対し右建替計画の承認を申請し、同年三月一三日その承認を得(但し右承認に際し、五〇戸と七四戸の五階建二棟に変更)た。
(四) 申請人は昭和四七年七月一日公営住宅法第二三条の五第六項の規定に基き、右建替事業の実施通知を被申請人らに通知した。
(五) 申請人は被申請人らが右建替事業に反対する態度を示したので昭和四八年一二月五日付にて公営住宅法第二三条の六の規定に基づき被申請人らに対し公営住宅を明渡して建替新住宅に移転すべきことを請求する内容証明郵便を発送し、同郵便は同月八日被申請人らに到達した。
然るに被申請人らは右移転請求期限の昭和四九年三月九日が到来しても移転しようとしない。
(六)1 申請人はすでに一部建替られた新住宅を被申請人らのために仮住居にすべく、最初より、何時でも入居し得るように準備し、前記(五)記載の内容証明郵便にて通知した。
2 右仮住居は現在の被申請人らの住居よりも建坪が広く衛生的で快適である。
3 しかし新建物が完成すれば被申請人らにおいて希望あれば本件建替後に新家屋にも入居できる。
(七) 説明会の開催
1 申請人は被申請人らを含む入居者全員に対し公営住宅法第二三条の九に基づく説明会を昭和四六年九月六日、同四七年二月一八日、同年四月一九日および同年五月九日の計四回開催した。
2 申請人は本件建替住宅周辺の人々に対し、昭和四六年九月一三日および同四七年四月一三日の計二回説明会を開催した。
(八) 申請人は被申請人らに対し移転次第公営住宅法第二三条の一〇に基づく移転料を含む金員を支払うことになっており、その旨(五)記載の移転請求に際し被申請人らに通知してある。
1 移転料 一万円
2 協力費として大体二〇年以上居住の人には一〇万円、一〇年以上二〇年未満居住の人には八万二、〇〇〇円乃至九万八、〇〇〇円、一〇年未満居住の人には八万円以下。
(九) 保全の必要について
1 前述の次第で申請人は公営住宅法に規定された必要な手続をすべて履行し、法の要件を完全に充足した上で、明渡しを要求している。被申請人らには法律上明渡しの義務があり、而かも明渡しによって不利益を受けるどころか、却って有利な居住環境を約束されているのにかゝわらず、頑として明渡しに応ぜず、もはや交渉による解決は不可能となったので申請人はやむなく建物明渡しと増築部分の収去を求むる訴訟を提起すべく準備中である。ところが、昭和四九年度の建替工事は八月中に着工しなければ年度内完成は期し難いので、本案の勝訴判決確定を待っていては遂に四九年度計画は実施不能となり、延いては次年度の計画実施も危ぶまれ、前橋市としては先きに四八年度の計画を延期して以来、引続き長年に亘り公営住宅建替事業ができなくなる虞れが多分にある。折角、国と市が協力してできるだけ多くの低所得者層に低家賃の住宅を提供しようとして推進している公営住宅建設計画が挫折し、社会福祉行政にとって真に重大な障害であり、市民に与える公益的損害は甚大である。
2 本件は所謂、断行の仮処分であるけれども、仮住居が提供されており、また新しい建物に優先して入居できるのであるから、被申請人らに与える損害は大なるものでなく、現在より、四・一倍の入居者を入居せしめ得ることを考えるとき、住宅難に喘ぐ市民の苦痛に比するとき小なりと謂わねばならない。
3 而して現在の段階では計画は既に具体化し、市議会によっても、超党派的に一致して是認せられているのであるから、これ以上延引出来ない状態にある現時点に於て申請人は本件仮処分によって早急に被申請人ら居住建物の明渡(増築部分の収去を含む)せねばならない必要に迫られているのである。
(被申請人らの抗弁および主張についての認否)
(一) 抗弁および被申請人らの主張(一)の事実中、被申請人らに対し新法は遡及適用されないとの主張は否認する。
(二) 同(二)の事実は否認する。
(三) 同(三)の主張は争う。公営住宅法の規定は借家法第一条ノ二の正当理由を定型化し、一種の法定解約権を認めたものである。
(四) 同(四)の事実は否認する。
二 被申請人ら
(申請の理由に対する認否)
(一)イ 申請の理由(一)イ、ロの事実は認める。
ロ 同(一)ハの事実中、被申請人らが増築してはならなかったとの事実は争い、その余の事実は認める。
(二)イ 同(二)イの事実中、公営住宅建設に必要な五〇〇〇平方メートル以上の土地を適当な価額で買収することは極めて困難な状況になって来たとの事実は否認し、その余の事実は認める。
ロ 同(二)ロの事実は不知。
ハ 同(二)ハの事実は争う。
ニ 同(二)ニの事実中、本件住宅の老朽化が著しく進んでいるとの事実は否認し、住環境を整備して都市不燃化を推進する必要があるとの事実は争い、その余の事実は認める。
(三) 同(三)の事実は認める。
(四) 同(四)の事実は認める。
(五) 同(五)の事実は認める。
(六)1 同(六)1の事実は認める(但し、具体的に被申請人らの部屋割がなされなかったので仮住居提供の効果はない)。
2 同(六)2の事実中建坪が広い事実は認めるがその余の事実は争う。
3 同(六)3の事実は認める。
(七) 同(七)の各事実は認める。
(八) 同(八)の各事実は認める。
(九) 同(九)の事実はいずれも否認する。
(抗弁および被申請人らの主張)
(一) 被申請人らは昭和二五年一二月に本件住宅を申請人から引渡を受けて居住を開始したものであるところ、その後に昭和二六年に至り公営住宅法が制定されたのである。そして同法は昭和四四年に改正され、公営住宅法建替事業の規定が新設された。本件建替は右規定に基づいてなされた。従って本件明渡し申請は、新法によって既存の権利を不利益に変更することはできないという、講学上いわゆる法律不遡及の原則に違反するものである。つまり公営住宅法の建替事業の規定は被申請人らには適用されないのである。
(二) 仮りに右主張が認められないとしても、被申請人らは昭和二五年以降持続して本件各住宅について賃借権(居住権)を行使して来たのであり、かつ入居時には公営住宅管理員が将来は住宅が市から各自に払下される旨を言明していたのであるから、これらの事実によって被申請人らは本件住宅に対し、将来所有権を取得する期待権(仮称払下げ期待権)を取得するに至ったものである。従って申請人はその所有権の主張を右期待権によって制限され、被申請人らに対する明渡しの請求は許されない。
(三) 被申請人らの本件住宅への入居権は、民法および借家法の規定に基づく私法上の借家権であり、本件住宅の明渡請求は、賃貸借契約の解約の申入に該当するから、借家法第一条ノ二の自から使用することを必要とするか、又は正当の事由が存在しなければならない。しかるに申請人には右正当事由が存在しないから本件仮処分申請には被保全権利がない。
(四) 増築の適法性について
被申請人らの増築は、公営住宅法制定以前に前橋市長の許可を受けているから、適法であり、増築部分を収去する義務はない。
第三証拠≪省略≫
理由
(被保全権利について)
一 申請の理由(一)イ、ロの各事実は当事者間に争いがない。
二 申請の理由(一)ハの事実中、被申請人らが別紙目録記載の増築をし各敷地内に同記載の物件を付置している事実は当事者間に争いがない。
三 申請の理由(二)イ、ロ、ハ、ニの各事実中申請人が従来国の住宅政策に則り、市民生活の安定と社会福祉の増進を図るため特に住宅に困窮している低額所得者を対象として、低廉な家賃で賃貸し得る公営住宅の建設に努力して来たものであり、近年地価の高騰が著しくなったこと。被申請人らの居住する国領第一団地は五六二四平方メートルの面積を有し、昭和二五年に三〇戸の木造平家建で建築され、外壁がモルタル塗りである事実は当事者間に争いがない。
≪疎明省略≫によれば、近年地価の高騰が著しくなったため公営住宅建設に必要な五〇〇〇平方メートル以上の土地を適当な価額で買収することが極めて困難な状況になって来たこと、前橋市内には住宅困窮者が一〇〇〇世帯を超えると推定されており、前橋市総合整備計画並びに昭和四六年度を初年度とする国の第二次住宅五ヵ年計画に副って、昭和四六年度以降五ヵ年間に一一九四戸を建設しなければならないところ、右目標を達成するためには新規の土地獲得だけに依存するわけにも行かないので、既存の住宅団地を高度に利用して平家建の古い木造住宅をできるだけ近代的な中高層住宅に建て替え、戸数の増加と職住近接の方法を併せ実行しなければならない必要に迫られていること、および本件住宅が耐用年数を超え老朽化が進んでおり申請人は住環境を整備して都市不燃化を推進する必要がある事実が認められる。そして他に右認定を覆すに足る疎明はない。
四 申請の理由(三)、(四)、(五)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
五 1申請の理由(六)1の事実は当事者間に争いがない。
被申請人らは部屋割が具体的になされていないから仮住居の提供の効果はない旨主張するが、≪疎明省略≫によれば申請人の提供した仮住居は昭和四七年度建替の中層耐火構造五階建の建替新住宅とされており、右程度具体化されておれば具体的に部屋割がなされていなくとも仮住居の提供としてその効果があるものと認められる。
2 申請の理由(六)2の事実中、建坪が広い事実は当事者間に争いがない。
3 申請の理由(六)3の事実は当事者間に争いがない。
六 申請の理由(七)、(八)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
七 抗弁および被申請人らの主張(一)について
被申請人らは法律不遡及の原則により公営住宅法の建替事業の規定は適用されない旨主張するが、法律不遡及の原則は本来罪刑法定主義に基づく刑事罰に関して認められているものであり、本件の場合は公営住宅の設置、管理に関する法規が区々に分れていたところを、公営住宅法により統一して公営住宅の建設増進を図り、住宅困窮者の住宅難を解消しようとしたものであって、同法施行後は、施行前に賃借し公営住宅に入居している者にも同法の適用があるのは当然であるから、被申請人らの主張は理由がない。
八 抗弁および被申請人らの主張(二)について
被申請人らは昭和二五年以降持続した賃借権(居住権)および本件住宅管理員による払下の可能性についての言明によって、本件住宅に関して将来所有権を取得する期待権があるので申請人の所有権はその限度で制限を受ける旨主張するが、申請人が将来払下げる旨を被申請人らに約束した事実は疎明されず、その外被申請人らの主張するような事実によっては、被申請人らにそのような権利を生ずるものとは言えないから理由がない。
九 抗弁および被申請人らの主張(三)について
被申請人らは本件住宅の明渡し請求は私法上の賃貸借契約の解約に該当するので借家法第一条の二の正当事由が必要であり、本件申請には正当事由がない旨主張する。しかし本件建替は、公営住宅法の規定に従い、申請人が賃貸している本件住宅が老朽化したので建替えるために、被申請人らに仮住居を提供し、建替住宅への将来の入居を保障し、移転料を支払う等の居住者の権利保護に充分の配慮を加えた上でなされたものであって、いわば公営住宅法に規定された定型的解約事由に基づくものであるから、本件については借家法第一条の二の正当事由に関する規定は適用ないものと解すべきである。従ってこの抗弁は理由がない。
一〇 抗弁および被申請人らの主張(四)について
被申請人らは本件増築については申請人の承諾を得ている旨主張するが、右主張を認めるに足る疎明はない。
一一 以上の次第であるから、申請人には本件住宅の明渡しと増築部分および敷地への付置物件の収去を求める正当な権利がある。
(保全の必要性について)
一 ≪証拠省略≫によれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
今後本案判決の確定まで被申請人らの居住する本件住宅の明渡し(増築部分等の収去を含む)の執行がなされぬとすれば、その間本件建替事業計画の完遂ができず、昭和四九年度の建替工事は実施不能となり、延いては次年度の建替計画の実施も危ぶまれ、先に昭和四八年度の建替計画を延期した申請人としては引続き長年に亘り公営住宅建替事業ができなくなる虞れがある。これは社会福祉行政にとって重大な障害であって、多数存在する住宅難にあえぐ低額所得者に当面必要な住宅の提供ができなくなる。
二 他方、被申請人らに対しては、前記のように、その住居権を保障するために充分な措置を講じてあり、その受ける不利益は、申請人の建替事業の完遂が不可能もしくは著しく遅延することによって生じる不利益よりもはるかに少い。
三 以上によれば、本申請については断行の仮処分をする必要がある。
よって本件仮処分申請は理由あるものとして、これを認め、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 植村秀三 裁判官 柳沢千昭 裁判官 山本武久)
<以下省略>